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赤外線水分計FD-800《開発秘話》(1)

    • 開発秘話

今回は、当社の代表的な水分計である赤外線水分計FD-800の開発秘話を、開発担当責任者の村上氏にインタビューしました。

本器FD-800は最初の発売が2008年ですが、現在も高精度な最上位器種として発売しており、多くのお客様にお使いいただいております。

開発担当責任者の村上氏は、数年前に定年退職されていますが、現在も嘱託として当社に勤務なさっています。機構設計(メカ設計)のベテラン技術者で、お人柄含め現役社員から大変尊敬されています。赤外線水分計以外の技術者の姿勢などのお話も多く聴けましたので、内容盛りだくさんの連載をお楽しみください。

 


赤外線水分計との不思議な縁

編集部:村上さんは、社内的には赤外線水分計の専門家という印象があるのですが、最初から赤外線水分計の開発に携わったんですか?
村:入社してすぐではなくて、開発者になるまでに紆余曲折があったんです。でも実は入社する時から、赤外線水分計との出会いがあったんです。
  入社が1973(昭和48)年、23歳の時に大森の職業安定所に行ったら当社をすすめられたんです。提示されていた給料が他社よりも格段に高かったので、すぐに見学に来ました(笑)。当時は社内で器械の最終調整を行なっていて、机の上に赤外線水分計「F-1A」がずらりと並んでいたんです。
F-1Aが並ぶ社内の光景。現在は協力会社にて製造しているが、当時は社内で最終調整を行なっていた。
  F-1Aというのは上皿天秤と赤外線ランプがついている水分計で、見学担当の社員の方から、これは単純な原理の器械なんだよ、と言われました。メカ屋の自分としては、測定器は電気屋中心の分野かと思っていたのに意外と自分のようなメカ屋でも活躍の場があるのかも知れないと思って入社しました。
上皿天秤搭載の赤外線水分計「F-1A」
編:見学時に最初に見た器械が赤外線水分計というのは、その後の運命を感じさせますね。
村:5月に入社して、エンジニアとして頑張るぞと思ったら、入社1週間後から北陸に水分計点検の長期出張を命じられて。秋頃戻って来たと思ったら、当時の社長(先代・江守栄作)が「これからの技術屋は営業的な観点が必要なんだ!」と言って、開設まもない大阪支店への転勤を命じられました。あれよあれよという間に営業マンになって、入社前思い描いていた姿と違うなぁなんて思いながらも、毎朝、大阪支店で飼っていたタローとジローという犬の散歩をしたりして過ごしていました。
  翌年の3月に社長が思い出したように「そういえば、大阪に行ってる技術屋を連れもどせ!」って言って戻されて、ようやくエンジニアとしてスタートが切れたわけです。

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